1月31日(土) 揺らぎ
ショパンのワルツ集のCDと、イエス様の御絵をお祝いにお贈りしました。先日観た『パッション』のトラウマで、手足を十字架に釘打たれて磔になっている御絵はどうしてもかわいそうで、いたたまれなくて、ホフマンの『ゲッセマネの祈り』という御絵にしました。
アラウンド・フォーティーですなあ。(男子には言わないのかね、アラフォー)
御絵といえば、カトリックかプロテスタントかで迷っていた時、それぞれに長所・短所があるのでたいへん困りました。組織が背負っている歴史の中には負の遺産もたくさんあります。組織よりも、個人とイエス様の関係性を重んじるプロテスタントに魅かれる部分も多かったのですが、聖書を重んじ偶像を禁じるという側面が私には少し淋しい気がしました。
美しい像や御絵を、観想の道具にしてはいけないのだろうか。私は天使とマリア様からの啓示でキリスト教に導かれたという意識があるため、プロテスタントが「マリア様は人間の女性であって特別視しない」ということを知ってとても淋しく思いました。(カトリックでは聖人です)
近所の教会におられるマリア様の御像に近づきたくて、カトリックの教会に行き始めたといっても過言ではない……。
ああ、でも幼稚園も結婚式を挙げた教会もプロテスタントだったな……幼い私の心に祈りの気持ちを与えてくれた場所に対して、少し後ろめたい気持ちもあります。牧師様、ごめんなさい。
遠藤周作先生の『キリストの誕生』と『私にとって神とは』を読了しました。
うーん、また色々なことを考えさせられました。
キリスト教が誕生するには特殊な要因がいくつも必要だったと考えると、この偶然は何?……いや運命に導かれたのか? などと考えてしまいます。
イエスの死後、その教えをあくまでもユダヤ人の中で広めようとしたエルサレム派の弟子グループと、迫害を恐れず強靭な意志で「割礼をしない」異邦人に広めようとしたパウロとの対立があった。しかし、ローマ皇帝ネロによってエルサレムが陥落し、ユダヤ人の心のよりどころである神殿が焼かれ、エルサレムの弟子グループは歴史から消滅する……このことによって、ユダヤ教から完全に離脱したキリスト教は、「割礼をしない」異邦人たちの手によって、国境を越え、民族を越え、世界宗教として広まっていくことになるのです。
極東の日本にまで、宣教師ザビエルはやってきた。キリスト教がすごいのは、教えを広めようという猛烈なパワーです。なんだ、このダイナミックさ。交通機関の発達していない時代に、強いプロパガンダを持って宣教しようという意欲がすさまじい。(芥川の小説のテーマにもなっているように、日本をキリスト教国に変えることはできなかったわけだけど、それでも切支丹弾圧前の九州には40万人の信者がいたそうな。今の日本全体の信者数と同じ!)
中沢新一先生の『宗教入門』を読むと、キリスト教が世界宗教の中でも特殊で、不安定な構造を持っていることがわかります。イスラム教や仏教は、キリスト教に比べるとずっと安定した構造を持っているそうです。で、キリスト教のどこが不安定なのかというと、「イエス・キリストが神の子である」というところ。そして、死んだ後に復活するところ。
なんて不条理なんでしょう。この不条理を丸ごと信じるのがクリスチャンだと言っていいと思う。
人間の思考がダイナミックに飛躍する条件というのは、実は不条理に直面した時です。生きることは不条理に満ちています。どんなに頑張っても、報われないことがたくさんあります。なぜあんなにいい人が、こんな死に方をしなければならないのかと思うこともあります。どうしてなのだろうと考え、苦しみ、もがいて、それでも生きていくためにすさまじいパワーを生み出すことがあります。
キリスト教は中心部分が不条理です。イエスが神の子ならば、神は自らの子になぜあんなむごい死に方をさせたのか。そもそも、神の子ってなんですか。神ですか、人ですか。神であり人でもあるんですか。一応、教会は正統の考え方を定めて、それ以外を異端としたのだけれども、もともと不条理が中心にあるのだからいくつもの論理的可能性が発生しうる構造だといえます。
不安定なゆえにダイナミックな宗教。だから拡大しようとする意欲も、異端を弾圧しようとする力も強力だった、と中沢先生はおっしゃる。仏教にも折伏はあるけれども、キリスト教の猛烈さに比べるとおとなしく見える。
私が魅かれたのは溢れ出る、放射するような愛のイメージだったのだけれど、それもキリスト教の持つダイナミックさのひとつだと思います。その圧倒的な力によって、私の命は生かされたのだけれど、だからこそ危険な部分もあるとも言えますね。
すごいパワーを持ったものは、毒にも薬にもなる、というか。
常に自戒しつつ、歩みたいです。信仰とは90%の疑いと10%の希望だ!(ベルナノス)
この記事へのコメント
私もこれで○7歳になりました。ああ…もうすぐ○0歳になってしまうではないか。
○0歳は、まだ先ですよ、うん、そのはず…。
みるきーの成長とともに、皆平等に年をとりますね。
ショパンのワルツいいなあ♪
本当の事を言うと、年齢の数字ばかりが増えていって、感覚的には全然年をとってる気がしない。
相変わらずの青二才でございます(笑)