7月9日(月) スピリチュアルなお誕生日

画像おたじゃうひ たじゅやひ おたんうよひ おやわい およわい(HIPY PAPY BTHUTHDTH THUTHDA BTHUTHDY)
『クマのプーさん イーヨーがお誕生日に、お祝いをふたつもらうお話』より A.A.ミルン作 石井桃子訳

誕生日だからといって、とりたてて何かしたわけではありませんが、生まれてきたのだなあと、なんとなく考えてしまう日です。
生まれてここに在るということを、すんなりと受け入れて生きていける人は幸いです。それはそれで、尊い資質なのだとすら思う。振り返ってみると私のテーマは、いかにして世界を(それは「自分自身を」ということと、限りなくイコール)肯定するかという問題に尽きます。
人間が生きている地平を見渡してみると、厭世的になることの方がよっぽど簡単なように思える。現代人の生活は、氾濫する情報に身をさらすことなしに成り立たないのですが、そうするとどうしても人間の負の部分ばかりが目についてしまいますよね。人間の罪深さは自分自身の罪深さということでもあるのだけれど、そのことに目がいくと自分を嫌いになるし、そのことに目を塞ぐと自分を棚上げして人間を憎んでしまう。
厭世的になることは簡単なんです。それでも世界を受け入れて、今ここにある自分を肯定して生きるということの方が、よっぽど大変。厭世的になることは責任を回避することで、生を肯定するのはそこに発生する困難を引き受けること。これはなかなか容易でない。

「●ーラ……」で美輪さんがよく言ってますよね。この世には善と悪の両方があるけれども、俗世は悪の方が強い世界なんだと。だから、悪の方に引っ張られるのは簡単。善いものを維持するのは難しい。
それでも努めて善いものを想う、美しいものを想うことは大事。だからこそ大事、と言った方がいいですね。そういう力もまた持っているってことが、人間の素晴らしさだと思うから。
よく人生にくたびれたオヤジが、理想を語る若者に「世間のことを何も知らないくせに、理想論ばっかり言いやがって」などとくだを巻いていたりするけれども、汚いものを知りすぎて、それに巻かれてまっすぐなものを見失うこともまた醜い気がする……。理想を抱くことをやめてしまう方が恐ろしい。

脱線脱線。
生を肯定するために、いろいろな方法を試してみます。哲学的アプローチ、心理学的アプローチ、宗教的アプローチ。ちょっと前まで前頭葉フル回転だったけど、今は少し小難しいロジックから離れたい気持ちで、スピリチュアルを大切にしているところです。
「クーヨン」の特集でシュタイナー教育の特集を読みました。
シュタイナーの人智学(魂や霊性を重んじる思想)は以前から興味はあったんだけど、娘を完全にシュタイナーで育てる勇気はなかなか持てないものです。そういう考え方にはとても共感するし、そう生きられたらいいと思うのだけれど、実社会とあまりに隔たったユートピア思想なので、その中で生きていくならいいけれど、社会に出たいと思ったときに適応できないのではないかという恐れがどうしてもぬぐえない。
でも、物質主義や競争社会がすべてじゃない。娘には精神性を重んじる世界もあるってことを知ってほしいとは思っていて、オイリュトミーやシュタイナー式の水彩などはやらせてみたいのです。

スピリチュアルといえば、ブライアン・L・ワイス博士という、前世療法で有名な精神科医の「ストレス・ヒーリング」という瞑想を実践し始めました。身体と精神をリラックスさせるための催眠療法なのですが、これがなかなかいい。
以前、眉唾で「前世療法」のCDを聴いていましたが、「間違いなくこれが私の前世だ!」と確信できるビジョンは見えませんでした。半分夢のような半分覚醒しているような状態で、いくつかの映像は見ましたが、脳が勝手に作り出す夢との違いがあまりわからなかった、笑。
前世は見えなかったけれど、とても気持ちの良いリラックス効果が得られて、途中からは前世はどうでもよくなって、ヒーリングとしてそのCDを聴くようになりました。だから、ワイス博士の「ストレス・ヒーリング」には違和感なく入れました。
瞑想というか、催眠状態にもっていくやり方は前世療法とほとんど一緒です。深く入っていった後のビジュアライゼーションの方法が、少し違います。この瞑想をすることによって、自分の体と心を肯定することができ、リラックスするための呼吸法をマスターできます。ばらばらになってしまった体と心をひとつにすることって、大事です。
これって、まさに善いもの、美しいものを想い、それと自分自身を一体化させる実践法ですね。怪しいと思っている人もいるかと思うけど、気持ちがいいのでちょっと続けてみるわね。

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この記事へのコメント

pie
2009年07月26日 23:25
★:゜*☆※>('-'*)♪オメデトウ♪(*'-')<※★:゜*☆

ワタシも来週月曜 誕生日です♪
お互いによい年にしましょう!
特にワタシは ○十代最後の年ですので ヽ(゚∀゚)ノアヒャ
カピ
2009年07月26日 23:25
このはの誕生日です。仕事帰りにスターバックスでケーキを買いました。たまに飲むと美味しいよね、キャラメルマキアートとか。
私もシュタイナー教育の本をぱらぱら見てみました。独特の雰囲気。静かで繊細な世界があります。個人的には好感を持ちました。童話のおうちのような可愛らしい校舎も載っていて、いいなあという感じ。
ただ、これが教育のシステムとして成立するかどうかは微妙ですね。年齢ごとにテーマがあって、段階的に精神的な成長をとげるしくみのようです。特に低年齢では、いわゆる「しつけ」らしきものがない。ここは驚くべき点です。おそらくはここに最大の長所があり、また短所もあるかもしれない。実際の社会には、正しくないことでさえ強制される場面は多々あるわけですから。
ただ、従来式の「~してはならない」「~せよ」という道徳はどうなんだろうと思うときもある。すべきことやすべきでないことは、それぞれの魂のようなものが知っていることで、教えるようなものではないような気もする。
このはずく
2009年07月26日 23:25
>pie様
ありがとうございます♪
pieさんとは同じ「かに組」ですねえ……ふふふ。
○十代最後にはとうてい見えません、カッコイイヨ!

>カピさん
あなたもスピリチュアルの話をするようになったか……感慨。逢った時には「魂」なんて言わなかったよねえ。
シュタイナーでは、「早く早く」と急かしたり「~しちゃだめ!」と頭ごなしに叱ったりしない。大声も出さない。←大きい音や大きな声に弱い私には、これはとても憧れるわー。小さな声でも自然に耳を傾けるように語りかければ、子どもは聴くという考え。
現代って魂が当り前に知っていたようなことがわからなくなっているのかもしれなくて、だからこそシュタイナーが求められるような気もするし、それでは対応しきれないような気もする……。難しいです。

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